半導体サプライチェーンのグローバル化における日本企業の組織学習による適応:半導体企業A 社のクロスボーダー M&A 事例研究

Author: 岡田 正樹, 2023/03 博士号取得(予定・2023.0204最終審査合格)

半導体が広く産業に普及するなかで,世界に拠点を持つ半導体メーカーは,グローバルな市場動向を読み将来の生産能力形成と足元での遅滞ない供給体制整備のバランスを取るグローバル組織運営能力が求められている.しかし日本企業では従来,本国から派遣した出向者を主体とする文化的マネジメント・コントロールが採用され,かつそれが固定化する傾向にあった.それゆえに現地の商習慣や動向に詳しい優秀な現地人の活用が進まず,全体的な半導体供給体制の構築に影響が出る等の弊害が指摘されてきた.

こうした状況を背景に,本研究では日本的なグローバル組織マネジメントが変化した事例の分析を通じて,どのような学習或いはアンラーニング(学習棄却)プロセスがあったかを示すことを目的としている.具体的には,日本の半導体企業A社による米国企業B社のクロスボーダーM&A事例に注目し,参与観察と関係者への半構造的インタビューを基に,買収の影響が本社と中国子会社間のサプライチェーン業務にもたらした影響について,自動車部門と非自動車部門という異なる2部門への影響を比較・分析している.

結果,半導体企業A社は当初,グローバル組織の運営において同じ文脈の共有を特徴とする日本的マネジメントに依存していたため,グローバル環境変化に困難さがあった.しかしながら米国企業B社の買収を機に,より汎用的な価値観の共有へと価値規範の拡張がなされたことで,非自動車部門では日本人出向者の知識に依存した組織ルーティンのアンラーニング(学習棄却)が進んだ.その結果,文化的背景にかかわらず世界共通の理解に基づく業務と責任範囲の定義を特徴とする手法で,現地人の登用・活用を進めた.これがグローバル環境の変化に効果的に適応することを可能にし,組織ルーティンとして定着していったことを見出した.一方,自動車部門は顧客の無視できない強い圧力によりアンラーニングが起こらず,そのことで日本人出向者の存在感が増し,ルーティンをより複雑化させながら環境適応を図った.これらに関する記述は,製造業の組織管理者が直面する課題に対して有用な視点を含んでいると評価できる.

本研究の新規性は2点ある.第1は,これまで組織学習の研究では,組織の環境変化対応に向けて何らかの探索的行動により新たな知識を獲得し,既存の知識を棄却していくことで新たな組織ルーティンを形成し対応していくことが理論的に指摘されていた.本研究では,グローバル半導体メーカーの事例分析を通じて,知識探索行動としてのクロスボーダーM&Aが実際にそのプロセスを進める契機となり,具体的データと共にアンラーニングが起きたことを確認した.第2点は,組織のアンラーニングにおいて,トップの方針変更とその組織内推進におけるトップダウンアプローチが,新規の組織ルーティンの急速な組織浸透をもたらすことを,トップの方針変更がない事例との比較を通じて新規に示した.

以上,本論文は,グローバル半導体生産組織の組織学習および学習棄却のプロセスを示したものであり,学術的に貢献するところが大きい.


Shirahada Lab.

北陸先端科学技術大学院大学 知識科学系 白肌研究室 Well-being志向のサービス学 Transformative Service Research (TSR)を推進.