武道修練を通じたウェルビーイング形成メカニズムの研究: 世界誠道空手道連盟誠道塾の事例分析

Author: 金山 逸郎, 2023/03 博士号取得(予定・2023.02.04最終審査合格)

武道は世界的に参加者を持つ運動文化である。往々にしてその参加者は、肉体的苦痛や挫折を経験するものの継続的な参加活動を通じて、スポーツとしての勝負ではなく自立心・利他心の形成といった自らウェルビーイングを形成できる能力を醸成していく。本研究は、この武道修練プロセスの持つ特徴的現象についての理解を促進することを目的に、道場をサービスシステムとして捉え、どのようなサービス交換や場の規範形成が、参加者のウェルビーイング形成を促進しているのかを研究している。

全6章構成のなかで、第2章では、本論文の分析フレームワークを構成する理論として、サービス空間の段階的知覚形成理論、資源統合による変革的価値形成理論、安定的サービス交換を推進する制度形成理論についてそれぞれ説明し、第3章以降ではそれら理論を統合した分析フレームワークを活用して、40年以上継続し世界各地で活動している世界誠道空手道連盟誠道塾を対象に事例分析をしている。従来はそれぞれ単独で議論されてきた理論を統合して、武道修練経験のもたらすウェルビーイング形成過程を分析している点は、サービス研究としての妥当性とともに独創性に優れている。

分析では、雑誌記事や書籍等による2次資料収集に加え、19名の同組織会員に半構造化インタビューの実施、或いは(海外居住者には)自由回答記述中心の質問紙調査を行った。結果、道場でのサービス交換を通じて、参加者は道場の哲学や修練プログラム(白帯・黒帯といった、特定の熟達度を表現するシンボルを用いた教育課程)の意図を理解し、それが道場での指導者や他の参加者との資源統合を調整していることが示唆された。そして、それが道場という場の持つ規範として暗黙的に参加者間に共有されている可能性を見出した。更に武道修練の継続的経験を通じて、新参・古参の程度差はあれ、物理的なサービススケープを参加者自らの心の志向性のとして内面化し、「心の中に道場を据える」というメンタルモデルを持つに至っている可能性を見出した。メンタルモデル化することで、道場を離れた日常生活においても苦難を乗り越える力を自ら見出したり、他者に対する感謝の念から社会福祉活動を自ら始めたりするといった具体的行動に結実していることも確認した。本論文はこのような発見事項をもとに、人間のウェルビーイングを醸成する共創メカニズムの理論モデルを構築した。

本論文の新規性は主に2点ある。第1は、道場をサービスシステムとして定義し武道修練の参加者が自らの資源統合を規律化している過程をデータと共に示した点。第2点は、サービスが行われる場に対する参加者の知覚が、物理的な場の知覚を超えてメンタルモデル化にまで至りうることを見出した点である。

以上、本論文はウェルビーイング形成に向けた共創メカニズムを提案したものであり、学術的に貢献するところが大きい。